新型コロナウイルスの影響で、航空会社や飲食・旅行・宿泊業などを中心に『雇用のシェア』が注目されています。居酒屋の従業員が需要の増えたスーパーで接客と調理のスキルを活かしたり、客室乗務員が、地方自治体、コールセンター、小売店などで活躍している姿が話題になっています。
『雇用のシェア』とは、コロナの影響で顧客が減少し、仕事がなくなってしまった企業が雇用維持のために、人手が不足している企業に一時的に社員を出向(在籍出向)させることを指します。国もコロナ禍での雇用維持を目的とした出向を後押しするために、出向元と出向先のマッチング支援や助成金支援を行っています。今回は、在籍出向の労務管理のポイントについてお伝えします。
目次 |
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1.在籍出向とは? |
1.在籍出向とは?
出向元と出向先との間の出向契約によって、労働者が出向元と出向先の両方と雇用契約を結び、一定期間継続して勤務することをいいます。
従来、在籍出向は他社での経験を活かすための人材育成であったり、グループ企業の経営再建や人材交流を目的として活用されてきましたが、社会情勢の変化とともに企業間における雇用維持対策の一環として在籍型出向が活用されています。
雇用のシェアにおける在籍型出向のメリット
【出向元企業】
- 雇用の維持ができる
- 人件費の軽減
- 出向先での経験や人脈が復帰後に活かせる
【出向先企業】
- 一時的な人手不足の解消
- 異業種で培った経験やスキルを持った社員を受け入れることで職場の活性に繋がる
2.出向契約とは?
出向契約には出向元と出向先との間で、出向者に関する労働条件や指揮命令関係、その他の企業間のルールを定めます。
出向期間 | 福利厚生の取扱い |
職務内容、職位、勤務場所 | 勤務状況の報告 |
就業時間、休憩時間 | 人事考課 |
休日、休暇 | 守秘義務 |
出向負担金、通勤手当、時間外手当、その他手当の負担 | 損害の賠償 |
出張旅費 | 途中解約 |
社会保険・労働保険 | その他(特記事項) |
出典 厚生労働省 在籍型出向 基本がわかるハンドブック
3.給与と社会保険等の取り扱い
給与の支給方法として主に、次の方法があります。
①出向先が出向労働者に直接支給
②出向先が出向元に対して給与負担金を支払い、出向元が出向労働者に支給
一般的には、給与の振込や社会保険の被保険者の取扱い等の雇用管理上の手続きが煩雑にならないように②の方法を採用する企業が多いと考えられます。但し、出向元が給与の実支給額を超える給与負担金を出向先から受けた場合は、職業安定法で禁止されている「労働者供給を業として行う」ものとして判断される可能性があるために注意が必要です。
社会保険等の取り扱いについては以下となります。
雇用保険
出向元と出向先の双方において雇用関係を結んでいる出向労働者については、生計を維持するのに主たる賃金を受けている企業の雇用保険の被保険者となります。
労災保険
出向労働者が出向先の指揮監督を受けて働くことになるため、出向先の労災保険の適用となります。したがって出向元から支払われている賃金を出向先に報告し出向先から労災保険料を納付してもらうことになります。
厚生年金・健康保険
出向労働者は、出向元か出向先のうち、給与を支払っている企業の厚生年金保険・健康保険の適用を受けます。
なお、出向元企業と出向先企業の双方から給与が支払われている場合には、当該出向労働者が選択した事業所を主たる事業所として、二以上事業所勤務届の届出を、主たる事業所を管轄する年金事務所・健康保険組合に届け出る必要があります。
4.産業雇用安定助成金
新型コロナウイルスの影響により事業活動の一時的な縮小を余儀なくされた事業主が、在籍出向により労働者の雇用を維持する場合に、出向元と出向先の双方の事業主に対して、その出向に要した賃金や経費の一部を助成します。
出向運営経費
出向元企業および出向先企業が負担する賃金、教育訓練および労務管理に関する調整経費等、出向中に要する経費の一部を助成。
中小企業 | 中小企業以外 | ||
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助成率 | 出向元が解雇等を行っていない場合 | 9/10 | 3/4 |
出向元が解雇等を行っている場合 | 4/5 | 2/3 | |
上限額(一人一日当たり) | 12,000円/日(出向元・出向先の計) |
出向初期経費
就業規則や出向契約書の整備費用、出向元企業が出向に際してあらかじめ行う教育訓練、出向先企業が出向者を受け入れるための機器や備品等の整備等の出向の成立に要する措置を行った場合に助成。
出向元 | 出向先 | |
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助成額(一人当たり) | 10万(定額) | 10万円(定額) |
業種等による加算額※(一人当たり) | 5万円(定額) | 5万円(定額) |
※出向元事業主が雇用過剰業種の企業や生産量要件が一定程度悪化した企業である場合、出向先事業主が労働者を異業種から受け入れる場合について、助成額の加算を行います。
5.出向のマッチングサービスについて
人材採用関連企業においては出向元と出向先とのマッチングサービスを開始しています。また公益財団法人産業雇用安定センターにおいてもマッチング支援と47都道府県の事務所での出向に関する相談に対応しており、中小企業同士の出向契約の橋渡しをしています。
2021年度になりましたが、依然としてコロナの終息はまだ見込める状況ではありません。一方、雇用調整助成金は段階的な支給額の引き下げや見直しが予定されています。今後は従業員に休業手当を支給し雇用を維持するという方法に加え、雇用のシェアとしての在籍型出向を検討することも一案ではないでしょうか。
日本クレアス社会保険労務士
ディレクター 社会保険労務士 中山 啓子
2012年日本クレアス社会保険労務士法人の設立に携わり、ディレクターに就任。上場企業から中小企業まで規模の大小を問わず、人事労務相談や就業規則改訂、人事制度設計、労務デューデリジェンスに従事。コンプライアンス対応、労使バランスを重視した実践的な研修及び人事労務セミナーを年間20本開催。
日本クレアス社会保険労務士法人は、日本クレアス税理士法人、株式会社コーポレート・アドバイザーズ・アカウンティング、株式会社コーポレート・アドバイザーズM&Aの主要3法人とグループを形成し、総合型会計事務所グループとしてワンストップでサービスを提供できることを強みとしている。